野球拳という遊びがある。
男と女がじゃんけんをして、負けた方が服を一枚ずつ脱いでいく。昭和の宴会芸として有名だが、令和の感覚で見れば危険物件である。コンプライアンスの時代なら、一発退場でもおかしくない。
ところが野球拳は、もともと愛媛で生まれた真面目な野球応援歌だったらしい。時代が下るにつれ、なぜか「負けたら脱ぐ遊び」に変質して全国へ広がった。日本の男たちは、昔からどうにもしょうがない。
その系譜の到達点が「脱衣麻雀」だったのではないかと思う。
1978年、タイトーのスペースインベーダーが大流行した。ゲームセンターには大人まで押しかけ、100円玉が消えた。喫茶店のテーブル筐体にサラリーマンが並び、社会現象になった。
その後、多くのゲーム会社が参入し、麻雀ゲームも登場する。ボタンひとつで牌を切れる電動麻雀。ルールを覚え始めた少年には、それだけでも未来の機械に見えた。
そして1980年代前半、麻雀ゲームは突然、服を脱ぎ始める。
今の若い人には伝わりにくいが、当時は見たいものを好きな時に見る手段がほとんどなかった。映画を観たければ上映時間に映画館へ行くしかない。アイドルを見たければテレビ番組の放送時刻に家へ帰るしかない。ヌードとなればさらに難しい。深夜番組か雑誌がわずかな窓口だった。
しかも家のテレビは居間に一台。家族がいる前で堂々と観られるものでもない。
そこへ現れたのがレンタルビデオであり、脱衣麻雀だった。
レンタルビデオ店の暖簾の向こう側には近寄れなくても、ゲームセンターなら入れる。100円玉を入れて麻雀で勝てば、画面の向こうで誰かが少しずつ服を脱ぐ。今思えば実に回りくどい。だが、当時の男たちはその回りくどさ込みで熱中した。
欲望には、障害物があった方が燃えるのだ。
私は麻雀が弱かったので、あまり投資しなかった。なけなしの小遣いを使うなら、別のゲームをしたかった。それでも脱衣麻雀の島に、サラリーマンたちが吸い寄せられていく光景はよく覚えている。
1990年代になると、脱衣麻雀は映像も進化し、全盛期を迎える。だが同じ頃、家庭用ゲーム機が強くなり、ゲームセンターの主役はプリクラやUFOキャッチャーへ移っていった。女子高生の隣で脱衣麻雀、という景色は長く続かなかった。
やがてインターネットとDVDの時代が来る。麻雀で勝たなくても、見たいものは簡単に見られるようになった。
こうして脱衣麻雀は役目を終えた。
今の麻雀は、金も賭けず、煙草も吸わず、誰も服を脱がない。スマホでAI相手に一局打てば済む。健全で、清潔で、実に令和的だ。
ただ、ときどき思う。
あの無駄に遠回りで、少しバカバカしくて、妙に熱量のあった昭和の欲望にも、捨てがたい味があったのではないかと。