現在は西暦2026年です。
今、この時代に「トワ・エ・モア」という名前に聞き覚えがありますか?
「ある」と答えた方は40代以上かひょっとすると50代以上か。
では「トワ・エ・モアの代表曲は?」と聞かれたら、現在54歳の私は答えられない。
デュオの始まり
トワ・エ・エモは男女二人組の歌手である。
1969年のデビュー当時、一人は19歳で一人は21歳だった。
二人組の歌手や二人組ダンサーのこと デュオ と呼ぶが、デュオは「デュエット」や「ダブル」と同じ語源である。
トワ・エ・モアのデビュー当時は世界的にもデュオがブームで、もしかすると サイモンとガーファンクル がブームのきっかけだったかもしれない。
デュエットは以前からありました。フランク=シナトラも橋幸夫も1960年代にデュエットソングを大ヒットさせてました。
- 1962年「いつでも夢を」橋幸夫&吉永小百合
- 1967年「恋のひとこと」フランク=シナトラ & ナンシー=シナトラ
しかし彼らの本表はあくまでソロシンガーで、デュエットソングは「たまに出す」程度でした。
デュエットを本業とし、常に二人組で歌う歌手のことをデュオと呼ぶ。現在でも「ゆず」や「コブクロ」などが活躍している。
「B'z」はギターとボーカルなのでデュオとは呼べない。私は「デュオは二人のハーモニーで歌うコンビのこと」と認識している。間違えてたらごめんなさい。
デュオの定義はどうでもいい。デュオの創世記にアメリカで飛び出したのがサイモンとガーファンクルで、日本ではトワ・エ・モアだった。
1966年「サウンドオブサイレンス」サイモンとガーファンクル(男男・アメリカ)
1969年「愛の奇跡」ヒデとロザンナ(男女)
1969年「白いブランコ」ビリーバンバン(男男)
1969年「或る日突然」トワ・エ・モア(女男)
1969年「涙の片道切符」カーペンターズ(女男)
1973年「てんとう虫のサンバ」チェリッシュ(男女)
1974年「結婚するって本当ですか」ダ・カーポ(女男)
こうやって整理すると、1969年のデュオのブームは凄かったんだろうなと想像される。私はまだ生まれていないが。
コロンビア大学闘争が1968年3月で、東大の安田講堂事件が1969年1月であった。
学生運動とデュオの台頭は直接関係しないが、音楽を聴く若者たちが当時どんな気持ちだったかには想像を馳せたい。
西暦2525年
1969年に「或る日突然」でデビューしたトワ・エ・モア。
当時のデュオは兄弟か夫婦であることが多かったため、男女二人のトワ・エ・モアも周囲から
「お前らホントはできてんだろ?」
と勘繰られて面倒だったそうだ。フィギュアスケートの「りくりゅうペア」みたいだ。
トワ・エ・モアのデビューは1969年5月。デビュー曲「或る日突然」はオリコン最高4位を記録。
1969年5月 或る日突然 (シングル)
1969年9月 美しい誤解 (シングル)
1969年10月 或る日突然〜トワ・エ・モワの世界 (アルバム)
1969年11月 愛の理由 (シングル)
1969年12月 あなたと私とトワ・エ・モワ (アルバム)
この時代は1年間にシングルを3曲出すことは珍しくなかった。沢田研二なんか1978年と1980年は年4曲もシングルを発表してる。
しかし「年にアルバム2枚」はなかなか珍しい。沢田研二でも滅多にない。しかもトワ・エ・モアはデビュー1年目。特に大ヒットしたスーパースターでもない。オリコン最高は4位だ。
10月に出した1枚目はオリジナルアルバムで、12月に出した2枚目は カバーアルバム だった。
カバーアルバムとは他人の楽曲を集めて歌ったアルバムのこと。
トワ・エ・モアの2枚目のアルバムタイトルは「あなたと私とトワ・エ・モア」
ちなみに「トワ・エ・モア」自体が「あなたと私」という意味だ。
デビュー半年の若いデュオがカバーアルバムの中で唯一英語の詞を歌っている。
その曲のタイトルが「西暦2525年」だ。ゼーガーとエバンス。
1969年7月に全米1位を獲得すると、日本でも9月から10週連続ベストテン入りした大ヒット曲だ。そりゃ新人もカバーしたくなるワケだ。
ここに1969年10月13日のオリコン順位を貼っておく。
| 順位 | 変動 | タイトル | アーティスト |
| 1 | ← | 池袋の夜 | 青江三奈 |
| 2 | ↑ | 人形の家 | 弘田三枝子 |
| 3 | ↑ | 西暦2525年 | ゼーガー&エバンス |
| 4 | ↓ | いいじゃないの幸せならば | 佐良直美 |
| 5 | ← | 悲しみは駆け足でやってくる | アン真理子 |
| 6 | ↑ | 愛の化石 | 浅丘ルリ子 |
| 7 | ← | 昭和ブルース | ザ・ブルーベル・シンガーズ |
| 8 | ↑ | まごころ | 森山良子 |
| 9 | ↓ | おんな | 森進一 |
| 10 | ↓ | 恋の奴隷 | 奥村チヨ |
トワ・エ・モアのカバーアルバムには上の10曲のうち 5曲 が収録されている。太字の曲がそれだ。節操もなく当時の大ヒット曲ばかりカバーしたようだ。
「西暦2525年」はゼーガーとエバンスによって作詞作曲された曲で、テーマは 痛烈な科学文明批判 であった。
1945年に世界大戦が終わり、1960年代に地球規模での 人口爆発 が起こった。アポロ11号が月面着陸に成功したのも1969年だった。

人類の飽くなき欲望が地球環境をいつか破壊するのではないか。
ゼーガーとエバンスの西暦2525年はこのような時代に発表された。レイチェル=カーソンの「沈黙の春」が出版されたのは1962年であった。
西暦2026年に西暦2525年のCDは絶版となっていて、トワ・エ・モアのカバーアルバムも絶版だ。
現在amazonで購入できるのはトワ・エ・モアのベストアルバムだけである。そのアルバムに西暦2525年は収録されていない。
そうか、現在はCDなどというもので音楽を聴かないのか。
amazonミュージックではMP3ファイルの「西暦2525年」をダウンロードできる。
これがエコで便利な世の中なのか? ゼーガーとエバンスならこの問いに何と答えるだろうか?
Some machine's doing that for you...