山下達郎とF1ブーム

山下達郎という歌手は掴みどころのない歌手だった。

松任谷由実の歌詞も難解だったが、山下達郎も難解だった。

 

山下達郎の台頭

1989年に元号が変わり、日本の音楽もなんか少しふわふわとしてきた。

松任谷由実とトレンディドラマの時代が始まって、アントニオ猪木と志村けんの時代が終わろうとしていた。

私が好きだった中島みゆきも迷走を始めた。決着付けるまで戦いをやめないストロングスタイルの時代から、白黒つけない「どっちも勝者だよ」みたいな柔らかい時代に入って行った。

昭和時代は「あなたに捨てられたら私は死ぬの」みたいな空気だったが、バブル経済の時代では「恋人がサンタクロース」だった。

 

私が山下達郎を最も聞いたのはその時代だ。

私は好き嫌いをハッキリさせない優柔不断男が好きではなかった。

村下孝蔵や財津和夫は女性にハッキリ愛してると伝えるタイプだったが、山下達郎は好きなのか嫌いなのかを表に出さない人だった。

当時はそういう男がモテていた。

 

車を買うことのできる大人にはこういう「アンニュイな感じ」がよかったのかもしれない。

私は思春期の小僧だったので、山下達郎の音楽はあまり好きではなかった。大人の世界をまだ理解できなかったんですよ。

「心はsweet heart」と言われてもねえ。

佐野元春も難解だったな…

 

ただ平成元年に山下達郎がやたらテレビから聞こえてきた。

若手のB’zや小室哲哉なら話がわかるが、あの浮かれたバブル時代に山下達郎とユーミンのブームはよくわからなかった。そりゃ中島みゆきも迷走するはずだよな。※関連記事

 

アイルトン=セナ

同じ頃、日本でブームを巻き起こしていたのが F1 だ。

古舘伊知郎がアントニオ猪木から離れて、セナとプロストに走ったのも時代の流れか。

 

マクラーレン・ホンダはそりゃあ強かったさ。

この頃は私の親父までホンダ車を買ってきた。親父はずっと日産のファンだったのに。

私が免許を取ると、親父のシビックをよく運転した。

 

この頃、ホンダはアコードかシビックでアメリカ販売台数1位に輝いた。パックスジャポニカと言われた時代だ。

ホンダを世界に押し上げたのは山下達郎のCMソングではない。

当時世界的にブームだったフォーミュラ1の影響が大きい。そう、ホンダはセナとプロストのおかげで販売シェアを伸ばしたのだ。

 

ホンダは海外に目を付けて、CMキャラクターにマイケル=J=フォックスを起用した。

昭和のハリウッドスターはテレビCMになど出演しなかった。

当時のマイケル=J=フォックスにいくら払えば、彼に「かっこインテグラ」と言わせることができたのだろうか?

ジャパンマネーは凄かったんだろうな。

1996年にはブラッド=ピットにも「カッコインテグラ、乗ってグラ」と言わせている。

バブルは弾けていただろうに、円高はまだ加速していたんだな。

 

日産自動車

ホンダを離れた山下達郎は今度は日産自動車のCMに起用された。

達郎がホンダで歌った曲は「風の回廊」で、日産で歌ったのは「ターナーの夜汽車」だった。やっぱり私には達郎の曲がわからない。

 

1986年 ホンダインテグラ・山下達郎「風の回廊」

1989年 ホンダインテグラ・マイケル=J=フォックス「カッコインテグラ」

1989年 JR東海・山下達郎と牧瀬里穂「クリスマス・イブ」

1991年 日産スカイライン・山下達郎「ターナーの夜汽車」

1992年 Jリーグ開幕「読売ヴェルディ vs 日産マリノス」

 

牧瀬里穂が出てきた瞬間、世間はいっぺんに「山下達郎はクリスマスの人!」みたいな空気になった。

「ユーミンが冬で、チューブは夏」みたいなイメージ。広瀬香美の登場はもうちょっと後。

 

達郎さんは世間のそんな空気にお構いなしだった。

中島みゆきのように、わかりやすいCMソングやドラマの主題歌を書けば儲かっただろうが、達郎さんと奥さんの竹内まりやは終始一貫「我らの音楽スタイル」を変えることはなかった。

バブルの真っ只中に「ターナーの夜汽車」である。カッコいいぜ、達郎。

 

フジテレビと山下達郎

私が山下達郎を知ったきっかけはフジテレビの「俺たちひょうきん族」だった。

バース掛布岡田がバックスクリーンに3連発したころ、TBSの「8時だヨ!全員集合」が放送を終了した。

時代はもう完全に「俺たちひょうきん族」だった。

タケちゃんマンにブラックデビル。子供たちはドリフの時と同じように笑った後、山下達郎の歌を聞いた。

達郎さんは「土曜日の夜は始まったばかり」と言うけど、やっぱりそれは大人の話だ。

微笑んだ君がなんで寂しがり屋のアンブレラなんだろう? やっぱり俺にはわからない。

俺たち中学生の夜はもうおしまいだ。

あの頃は土曜日も学校だった。

部活は休みだったと思うけど、土曜日は早く眠りたい。

 

1991年にフジテレビはさえない中年男性の恋愛ドラマを放送スタート。

主人公の名前は星野達郎だった。山下達郎からとっただろ。

星野達郎が

「ボクは死にません!」

と叫んだのは実は最終回ではなく、中盤の第6話だった。

あの名シーンの直後、実は主人公は女性から婚約を破棄されている。なんでそうなるんだ? 全く酷い話だぜ。

 

そのドラマの続編が今TVerで放送されているそうだ。

興味はあるがもう見ないよ。102回もプロポーズするアホがどこにいるんだよ、ったく。

ブログ村

ブログ村

-